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「ぼくそこ」考その2~本当の安全保障とは~ [日記・雑感]

 いま私の住んでいる市内には、陸上自衛隊の駐屯地がある。
 市役所から歩いて5分ぐらいのところにある駐屯地の正門には「第三師団」という札が立てられている。
 今から16年前に私は東京からこの地へ移り住んだのだが、市役所に行ったついでだったか忘れたが、たまたまこの正門の前を通りかかって「師団」という言葉に「ん?」という具合に引っかかるものを感じた。高校の日本史の授業で聞き覚えのある単語であった。
 そう。師団というのは軍隊の部隊編制単位の一つであり、一般に陸軍は大きい順に「軍団」「師団」「旅団」という3つの組織から成り立っている。ちなみに英語ではDivisionという。
 そしてわざわざ「第三」というくらいだから他にもあるのだろうな、と思って調べてみたら、日本全国に第十師団まであるという。
 このことは何を意味しているのか。
 要するに平和憲法の都合上、「軍」という言葉を用いてはいけないので「自衛軍」とか「防衛軍」という表現ができないだけであって、具体的な部隊組織の呼称には、1945年の敗戦とともに解体された大日本帝国陸軍及び海軍において用いられていた「師団」「旅団」という言葉が、今でもそのまま使われている、ということなのだ。
 実際、日本の自衛隊のための軍需産業には、実に多くの国内企業が携わっている。(軍需企業の一覧
 別に建前上は自衛隊だけど、中身は立派な軍隊だ、というのはそれはそれで構わない。今の日本は基本的には戦争には参加しないことになっているのだから、敢えて平常時から軍隊と呼ぶ必要もないだろう。
 ただ、問題なのは、毎年それなりの防衛費をかけて作られてきた日本の自衛隊が、果たして本当に国民の安全のために使われてきたのか、ということなのである。
 かって北朝鮮による日本人拉致被害者が数多く出た。2002年に小泉首相が平壌にて故金正日総書記と対談して、実際に何人もの日本人を拉致させたという事実を北朝鮮側が認めたにも関わらず、日本に帰国できた5人の方以外は、未だに消息が不明のままだ。横田めぐみさんに関しては病気で死んだとして遺骨が送られてきたが、DNA鑑定の結果はその遺骨は横田めぐみさんではないということである。
 青山さんに言わせれば北朝鮮による拉致は、一昔前の宣戦布告を行ってする戦争とは別な形の、新しいタイプの国家による戦争だという。よその国家が自国の国民を危険な目にあわせているのに、少なくとも今の自衛隊もまだ、その国に対して何の制裁も加えることができないままである。
 去年の安保関連法案も、ただアメリカとの関係をよくしたいがために行った改正ではないのか、という疑念が残るのである。
 もちろん各自衛隊員は、いざとなれば国民の安全のために必死になって活動してくれるであろう。だが問題なのは、その自衛隊を十分に生かすだけの体制が、今の日本にはまだ出来ていないことだろうと思う。
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「ぼくそこ」考 その1ー安保関連法案は違憲だが・・・ [日記・雑感]

 「ぼくらの祖国」という本は略して「ぼくそこ」と呼ばれているらしいので
(といっても7音の言葉を4音に略すという行為に必要性があるのだろうか。まあ流行ですかね)
「ぼくそこ」を改めて読み返しながら、考えたことを少しずつ書いていこうと思う。

 今年の夏から秋にかけて世間の注目となった、日米安全保障条約関連法案の衆参両院での可決をめぐる一連の経緯。
 この間に安倍総理の戦後70年談話が発表されたこともあって、日本のみならず世界からも注目されていたようである。
 
 投票率は戦後最低だったようだが、それでも去年の総選挙で一定の支持を得た安倍内閣がやろうとしたことがなぜあれほどまでに国民から反発を買ったのかといえば、やはり自衛隊を海外に派遣し、場合によってはその時の政府の判断で、他国軍に協力するという形で武力行使を可能にしようとしたからであろう。
 この所謂「集団的自衛権」なるものは、残念ながら今までの日本国憲法の解釈上は、自衛隊としては持つことはできなかった。だからPKO関連法案ができた時も、日本の自衛隊派遣はあくまで非戦闘地域での後方支援に限る、ということになったわけだ。
 そのように歴代の内閣がやってこなかったことを、野党勢力が少ない時に、憲法を改正するのではなく、憲法の解釈を変えるというやり方でやろうとしたことが(仮に反対意見が出たとしても、与党の賛成多数で法案が成立する)多くの反感を招いたのである。

 しかしそもそも、集団的自衛権がなぜ、日本の自衛隊にはないのか。
 このことに対する疑問を持つこと自体に、なんとなく長い間思考停止させられてきた感がある。
 憲法違反だから、というが、戦後間もないまだ戦争責任者の裁判も行われていない時期に、日本を武装解除させるために作られたのが、あの憲法第九条なのだ。
 私が小学生の頃も社会の授業でたまたま万が一日本が他国から攻められたときに、自衛隊だけで対応できるのか?という話題が出たとき、ある先生が
「日本はアメリカと安全保障条約を結んでいるから、日本を攻めてきた国をアメリカが攻撃してくれることになってます」
と答えていたのを覚えているが、今から思えば実に無責任な解説(?)であった。
 そう、確かに日本が他国から攻められた時には米軍がその国を攻撃することになってはいる。
 だが、それこそがまさに国連でも認められている「集団的自衛権」 の行使なのである。
 同盟国のアメリカには集団的自衛権があるのに、日本は憲法違反だから持つことができない??
 
 それって要は、日本はまだ独立国家じゃないよって言ってるようなもんじゃん。
 こんな独立を妨げるような憲法を改正せずに、今の今まで変えないできた思想自体が問題のような気がするのだが・・・。はて

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信念の塊(2) [日記・雑感]

サザンオールスターズが2年前に出したシングル曲「ピースとハイライト」の歌詞の中に、次のような一節がある。

 教科書は現代史をやる前に時間切れ
 そこが一番知りたいのに、何でそうなっちゃうの?

青山繁晴さんの「ぼくらの祖国」を読んでいると、まさにこの気分にさせられる。
いや、やる前に時間切れならばまだいい。ちゃんと教科書には書いてあるのだから、読みたい生徒が各自で読めばいいからだ。
だが「ぼくらの祖国」に書かれていることは、中学生や高校生レベルの学力があれば十分理解できる内容だし(ところどころに専門用語が出てくるが、それこそ親や教師が教えるか、あるいは自分で辞書で調べればいいだけの話だ)、日本人として知っておいても全くおかしくない事実が書かれている。(現に青山さんの配慮で、「ぼくらの祖国」は学生の方でも読みやすいように、平易な文体で書かれている)
 
 にもかかわらず、私の親の世代、青山さんの世代、私の世代、そして今の学生の世代と、まったくこれらのことを、根本的に学校教育で教えようとしていないのである。
 だから例えば何気なくこの本を読んでみた中学生が、内容でわからないことがあって教師や親に質問をしたとしても、答えられなくても仕方のないことなのだ。少なくとも高校までの教科書では取り上げられていないことだし、さらには大学や大学院のような高度な教育でも触れられる可能性が極めて低い内容だ。
 
 なぜ教えようとしないのかといえば、最近、他の学者や評論家たちも徐々に語りだしてきているように、第二次世界大戦後の日本教育の根底認識が、間違ったままになってしまっているからなのだ。(続く) 
 
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信念の塊 [日記・雑感]

私が大学時代から何となく好きで読んでいる作家のひとりに、村上龍がいる。
最初に読んだのは大学に入る前、予備校の自習室で勉強とはおよそ関係のない本を読み時間をつぶしていた時期(要は現実逃避である)に読んだ毎度おなじみ「限りなく透明に近いブルー」であったが、その内容のすさまじいのは何となくわかるのだが(福生で若者が黒人らとドラッグと乱交に明け暮れる日々)、残念ながら当時の私にはその作品の良さがさっぱり理解できなかった。
 しかしその後龍さんのエッセイ「すべての男は消耗品である」に出会い、彼がなぜこのような小説を書いたのか、彼の世の中に対する視線や考え方を読むにつれて何となくだが理解できるようになり、やがて彼のファンになっていった次第である。



24歳で芥川賞をとった村上龍も、もう63歳になった。
21世紀に突入するあたりから龍さんは経済に関心を持ち出したのだろうか、「すべての男は消耗品である」シリーズでもやたらと経済に関する話題が出始めた。まあ現代社会を語るうえで経済を無視することはできないからそれはそれでいいのだが、何やら若いころの論理的な破天荒さ(矛盾しているようだがこういう表現が意外とあっている)がどこかへ消えて行ってしまったようで寂しい気もする。まあ年とともに穏やかになってきた、ということかな。

 ところで、村上龍が芥川賞を取った昭和51年に、いったん好きで入った大学を親に内緒で中退し別な大学に入りなおしてまだ就職活動中だった、同い年の63歳の男性が、今もそれこそ寝る間も惜しんで、将来の日本のために熱弁をふるい、執筆活動をしている。
 独立総合研究所社長で近畿大学客員教授もしている、青山繁晴さんである。
 
 私が彼の名を知ったのは、私の母の話を通じてである。
「なんかねえ、水曜日の夕方に、ものすごくはっきりとものをいうコメンテーターの人がいるの。ああいう人、いいねえ」
 5年ほど前だろうか。もともとワイドショーやバラエティ的なテレビ番組がきらいで、今でもFMラジオを聞きながら家事をやるタイプの母なのだが、なぜか水曜日の5時になると必ずテレビを見に自分の部屋に入ってゆくようになった。毎週のように「青山さん青山さん」というので私も気になって、関西テレビの「アンカー」という番組の青山さんの出るコーナーを見てみた。
 いや、すごい。ものすごい信念の持ち主だ。
 「信念」というとある程度世間で活躍しているような人物ならば、皆それなりに持っているような感覚に襲われるが、一見立派な考えの持ち主の人でもいざ自分にとって都合が悪くなったりすると、けっこう逃げ腰になったり保身に走ったりするものである。別にそれを責められるわけでもなく、悲しいながらそれが人間のエゴイズムというものだ。だが、青山さんの前では、そんなものはお恥ずかしくて信念などとは呼べない代物だ。
(まさに吹けば飛ぶよな信念、とでもいうのかな)

 特に東日本大震災と福島の原発事故のあった時の、彼の熱弁ぶりは強烈であった。
 「ぼくはね、身の危険を承知で自分でカメラを持ち込んで、福島の事故現場に入れる限り中に入って、事実を取材してありのままを、皆さんに知ってもらおうと思って報告してるんですよ。
それなのに、先日政府の内情に詳しいぼくの知人から連絡があって「おい青山、気を付けたほうがいいぞ。あいつ邪魔だから逮捕しろって言ってる閣僚がいるぞ」っていう話なんですよ。要するに余計な事しゃべるなっていうことでしょ!これだけの被害にあって苦しんでる方がたくさんいて、皆さんがちゃんとした情報を一刻も早く手に入れたい、と思っているのに、政府の立場が悪くなるからと言って国民に事実を知らせないで、何が民主主義なんですか!それと政府に言われるからと言って取材しなかったり、きちんと記事を書かない記者も記者ですよ!報道の役割がきちんと果たされていないじゃないですか。」

 あの時の菅直人内閣の震災後の被害への対応のひどさは、多くのマスコミが取り上げて問題視していたものだが、それでもどこかで、あくまで地震と津波の規模が従来の想定の範囲を大幅に超えてしまったのでそれもやむを得ないのだ、という論調が全体的にあったような気がする。
 だが、青山繁晴という人の目から見れば、そんな論調すらも実はご都合主義のでっち上げだというのだから、恐れ入る。
 
 テレビで熱弁する青山さんの言葉に私も大いに興味を持った。
 そして青山さんが本も何冊か出していると知り、電子書籍リーダーで読めるものを買ってみることにした。
 最初に読んだのは「ぼくらの祖国」という本だった。
(続く)

ぼくらの祖国 (扶桑社BOOKS)

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  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2011/12/27
  • メディア: Kindle版



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棋士の志 [日記・雑感]

実に一年ぶりの更新となってしまいました。

 去年は4月から10月まではとにかくプロ野球観戦に夢中。
 杉内や村田までが移籍してきたのはいささか不本意な気がしたけれど、久しぶりに巨人に日本一になって欲しかったので何よりだった。
 実際補強した選手たちもそれなりに頑張ったのだろうが、それよりも内海、阿部、山口、長野、坂本といった生え抜きの選手たちがよりパワーアップしたことが大きな勝因であったと思う。3年前の頃はやっぱり小笠原とラミレスが活躍したから優勝できた印象が強いので、去年の日本一は全員の力で修羅場をくぐり抜けて勝ち取ったと言う意味合いからか、喜びもひとしおであった。特に中日とのクライマックスシリーズはまさに修羅場であった。アドバンテージがあるとはいえ、前の日まで3連敗してもう一回も負けられない、という状況から3連勝して逃げ切ったのは球史に残る快挙の一つかもしれない。

 
 さて話は将棋界のことに移りますが・・・
 昨年12月に米長邦雄永世棋聖が亡くなられてしまった。数年前に前立腺がんになったのは知っていたが放射線治療によりよくなったような主旨の文章をホームページで読んでいたので、その割には早すぎる死に呆気にとられた感じであった。思うにコンピュータ将棋との対戦にかなりの情熱を注がれていたようなので
そのことが体調に悪影響を及ぼしてしまったのかもしれない。
 別に引退して何年も経つ棋士なのだから、エキシヴィジョンじゃないけれどある意味お好み対局のようなつもりで指しても良かったのだが、米長さんは本気でボンクラーズに勝つために策を練っていた。結果的に勝ちには繋がらなかったけれども、棋士として記録に残る将棋はどんな将棋でも全力で勝ちに行く、という米長哲学を最後まで貫いたのだろう。

 そしてその米長さんが他界してからひと月ほど経った1月下旬に、女流棋士の対局をめぐって妙な騒動が起こった。日本女子プロ将棋協会の代表でもある石橋女流四段が、マイナビ女子オープンの来期の契約内容に不満があることなどを理由に、既に決まっていた今季の準決勝の里見女流四冠との対局を拒否したのだ。

 確かに契約に関することは団体の収益に直結する問題だから重要なことであるのは同意する。
 だがだからといって既に行われることが決まっていた今期の対局をボイコットするというのは理解できない。
 当然将棋連盟側は石橋女流と女子プロ協会に対して謝罪や何らかの処分を求めているようだが、話し合っても折り合いがつかないようで2月3日に行われることになっていた石橋女流四段と中村真梨花女流二段のネット対局(これも公式戦)も延期になったままである。去年末から新しく会長になった谷川九段が16日に記者会見を開いて、これ以上対局を延期するわけにも行かないとの主旨のことを述べていたので、今週の話し合いで合意ができない場合は、おそらくかなり厳しい処置が下されるであろう。

 契約の件に関してよりも、対局拒否に関してはおそらく谷川九段は相当遺憾に思っていることだろう。
 金銭と利権に絡むゴタゴタを、将棋ファンが見守る盤上に持ち込むようなやり方は谷川九段の美学とは最も相反する行為だと思えるからだ。そんなやり方はプロ競技者の精神に反するやり方だからだ。

 石橋さんも団体の代表である以前にまず一人の棋士であってほしいと思う。


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不愉快なプレゼント [日記・雑感]

私の家から歩いて3分ぐらいのところに阪神地区ではわりと有名なコーヒー店がある。チェーン店になっていて私が住んでいる市内には4店舗あるらしい。
 私は実家の母がコーヒー好きで昔からよく飲んでいるせいか、自分もなんだかんだ言ってドリップコーヒーをよく飲む方だ。(家で酒を飲む習慣がないせいもあるだろうが。)インスタントで済ませることもあるが、まあ一日一杯ぐらいはいい香りのするコーヒーを飲みたいと思う方である。
 それで、ここ一、二年ぐらい時々そのコーヒー店でコーヒー豆の挽いてもらったやつを購入することになっている。
 最初コーヒー豆を購入した時にその店の会員になることを勧められた。まあ会員と言っても入会金とかを取られるわけではないが、コーヒー豆を購入した時にポイントが付くカードを作るのに300円かかったり、住所と名前と生年月日と電話番号を記入したりと、結構煩わしいような気がしてその時は断ったのである。
 しかし、そのあともその店にコーヒー豆を買いに行くたびに入会を勧められるので、まあ頻繁にここで買うわけだから入るほうが得だろうな、と考えてつい最近カードを作ることにした次第だ。

 さてこのコーヒー店のサービスの一つに、カードを持っている顧客それぞれの誕生日にプレゼントとして特典が2つほどついてくることになっている。たまたま2月は私の誕生月なので、一週間ほど前にその特典の付いたハガキが家に送られてきた。

 「お誕生日おめでとうございます。
 日頃のご愛顧に感謝して心ばかりの特典をご用意いたしました。

 特典1 ○○各店の御飲食1000円券
 特典2 ○○各店の挽き売りコーナーでコーヒー豆を全品20パーセント割引販売」

 まあけっこうお得なプレゼントなのではあるが、私にとってはちょっと気になるのが特典1だ。
 
 以前書いたように私は外出する際には電動車いすを利用している。そのコーヒー店は入口のところに階段こそないものの、道路からみるとけっこう高い二、三の段差があるので、当然のことながら店内には入れない。私は買い物をするときには必ずヘルパーが同行してくるので、その店でコーヒー豆を買う時は、ヘルパーに頼んで店員を呼んできてもらい、表で買いたいコーヒー豆を選んで自分でお金を払うようにしている。
 
 買い物の途中に寄るわけであるから、そんなにゆっくりしてる暇はないので普段は豆を買って帰るだけだが、利用している福祉サービスの中には余暇活動のために使っていい時間も認められているので、たまにはその店でコーヒーを飲みたいものだが、道路から入り口まである段差のせいで、仮に店の店員とヘルパー二人で協力してもらっても私を載せた電動車いすを入口まで運ぶのは無理である。以前に私が車いすから降りてヘルパーに支えてもらって店内に入っていったことがあるが、かなり危ない思いをした。実際なんかのはずみで転んだりしたら下はアスファルトの地面なわけであるからけがをしかねないので店内での飲食は控えている。

 その店にはコーヒー以外にもサンドイッチやフレンチトーストが注文できるので以前にそれらをテイクアウトしようとしたらば、商品の品質を保持する都合上だとかで、店内の飲食物はテイクアウト出来ないことになっているそうだ。夏にアイスコーヒーを買って帰りたいと思ったがやはりダメだと言われた。要するにこの店で店内で飲食用に売ると決められたものは持って帰ることはできないようなのだ。持って帰ることができるのはケーキだけだ。
 じゃあこの1000円券でケーキを買えるのかと言うと、特典1の備考欄に
「店内の御飲食に限ります」
とご丁寧にも但し書きがされている(笑)。せっかくの特典がこのままではパーである。
 
 しかしせっかく送られてきたのだから、このカードを持っていけば何かいい案を考えてくれるかもしれないと思い、いつものように買い物の帰りにその店に寄ってみることにした。
 店の前について例によってヘルパーさんに店に入って人を呼んできてもらう。学生のアルバイト風の男性が出てきたので
「あの済みませんがここの店長さんおりますでしょうか?」
 と話してみた。その男性は何度かコーヒー豆を買ったときに私と出くわしているので、対して驚いたそぶりも見せずに事情を察したように「少々お待ちください」と言って中に入って行った。しばらくすると店から30代前半ぐらいの男性の店員が出てきた。この人は初めてみる顔だ。
「店長は先月他の店に異動になりまして・・・私が今店長代理と言うことになっておりますが、」
 早速例のカードを見せてこちらの事情を説明すると大して困った様子も見せずにその店員は
「ああ、こちらの特典は店内の御飲食に限られていますので、店内でお食事ができない場合はダメですね」
とあっさりと答えた。

 
 私がこの店でコーヒーを飲めないのは店の中に入れないからである。電動車いすで通れるような入口になっていればヘルパーも同行してきてくれているわけだから何の気兼ねもなく他のお客さん同様淹れ立てのコーヒーを楽しめるわけだ。要はこの店の入口がバリアフリーになっていないせいで私は特典を利用できないということである。世の中すべてをバリアフリーにしろとは言わないが、少なくとも今の高齢化社会において、多くの人々が行き来する駅前に店を構えていながら、何らかの事情で店舗をバリアフリーにできていないのならば、そのことに対してそれなりの責任を感じなければいけない時代であるだろう。
 
 別にどうしてもその店でコーヒーを飲ませろ、などというつもりはない。ただ、いつも利用してもらっている客に対して、
「当店の都合でお客様にご迷惑をかけてしまって、大変申し訳ございませんが・・・」
ぐらいの言葉は常識として出てくるべきだろうと思うのだが、とんだ不愉快なプレゼントをいただいたものだった。

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悲しき遊技場・・・ [日記・雑感]

 ネットのニュースを見ていて、意外なところでパチンコが繁盛している、という事実を知らされちょっと驚いた。
 東日本大震災の被災地である東北の太平洋沿岸部と言うのは、もともとパチンコ店が多い地域らしいが、震災から半年の間にかなりの店が営業を再開したり、リニューアルオープンしている。私が読んだ記事は宮城県石巻市の取材記事だが、平日の午前九時から40人前後の人が行列を作って開店を待っていたそうだ。
 パチンコやれるぐらいの余裕ができたのか・・・というとそういうわけではない。(そもそもそういうことなら、わざわざ記事になどしないだろう)
 要するに津波によって失われた以前の日常を取り戻せないままに、何となくパチンコ店に出入りしてしまう人が結構多いということだろう。家族や近所の友人も何人かは死んでしまって、とりあえず自分たちは仮設住宅に住んで生活しているのだが、他にやることもないので、ついついパチンコに行ってしまう、という年配の男性が多いらしい。
 私も5年ぐらい前は週に一回ぐらいの割でパチンコに行っていたパチンコファンだが、残念ながら開店前から並んでいた記憶はない。前にも書いたかもしれないが、いくら条件のいい台を打ってもその日の運が悪ければしっかり負けるのが今のパチンコだ。パチンコのプロと呼ばれている人たちは、この「負ける要素」を出来るだけ少なくしてトータルでプラスになるように持っていくように努力をしているわけだ。
 昔から毎日パチンコを打っている、と言う人なら別だが、被災という事情でこのような状況に流されている人たちが勝つためのノウハウを詳しく知っているとは到底思えないから、大方の人たちは悲しいかな店の養分となってしまうのだろう。


 午後7時。同じ店を再び訪れると店内は順番待ちする人まで出ていた。中学生ぐらいの女の子が、誰かを捜している。出玉の箱を5箱積み上げていた女性の所へ。短く言葉を交わすと女性が1000円札を手渡した。女の子の顔が一瞬、悲しそうにゆがんだ。

 店を出た女の子に追いついて「お母さんなの?」と声をかけると、うなずいた。「1000円もらったよね?」「『隣でご飯を食べておいで』って。あそこのレストランに行くところ」「お母さんは毎日パチンコに来るの?」「『パートに行く』と出ていくのだけれど……」。最後は消え入りそうな声だった。

 誰かを責めて解決することはないだろう。被災地の闇をパチンコ店の青白いネオンが寒々と照らしていた。
(以上2月2日毎日新聞朝刊より引用)


 ・・・これは被災地以外でもたまに見かける光景ではあるが、これを被災地で見てしまうとより一層悲しくなってしまうものである。しかし取りあえず誰も責めなくてよいから、解決策を見出してほしいものだ。
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HONESTY [日記・雑感]

 与野党間で事前協議するかしないかでさんざんもめていた国会だが、予定通り24日からスタートした。
 野田内閣の主張する「税と社会保障の一体改革」。当然ながらこれが最大の争点になっていて、消費増税法案の提出は民主党のマニフェストに反する行為であるから速やかに解散総選挙をするべきだとする野党と、実際に消費増税が施行される予定の期日の前に衆議院の任期満了による総選挙が行われるわけだから公約違反には当たらない、とする野田内閣との間で、早くも意見が対立しているようである。

 と、ここまで書いてきて、いささかバカらしくなってきた次第である。
 増税をするのは、まあ要するにお金が足りないからであろうが、そんなことは民主党が政権を取る前からさんざん言われてきていたことである。そしてその時点で民主党は具体的な政策として、「子供手当」「高速道路の無料化」「ダム建設の中止」などをやってきたわけだが、結局どれもうまくはいかずに終わることとなった。普天間基地移設問題も暗礁に乗り上げてしまった。
 それで菅首相に代わって「ギリシャみたいになったら困る」とか「一に雇用、二に雇用」などといろいろと言う割には具体的なことはほとんどやり遂げられないまま、支持率を下げ続けていたところに、大震災と原発事故が起こってしまったということだ。
 実際、今後の復興や原発事故の補償にかかる費用やらも考えたら、ただでさえ苦しい財政がより一層厳しい状況に追いやられていっているというのは容易に想像できるのだが。

 しかしそんな厳しい状況になっているにもかかわらず、この国会で行われているやり取りは何であろう。
 「公約違反だから直ちに皆さん大臣をやめましょう」
 「いいえ、別に違反してませんからいいんです。それにマニフェストに書いてないからとか言われたら何にもできないでしょ」
 ・・・こんな「ああ言えばこう言う」的なやりとりばかりやっていて時間の無駄だとは思わないのだろうか。
 財源の確保にしても、景気の回復にしても、放射線の処理にしても、それを実行するには、相当の労力と時間が費やされるわけだ。地方を行脚して国民に理解を求めるのもいいが、もっと具体的に実のある仕事をしたらいいのにな、と正直思うわけだ。なにか、一刻でも早く山積みになった問題を解決しようというような緊迫感が感じられないのだ。
 消費増税にしても「社会保障との一体改革」だとか、いかにも増税した分を国民のために回しますとかいうニュアンスにさせてるわけであるが、さすがにこれでだませるほど国民も能天気じゃないと思う。正直に「予期せぬ事態になっちゃったから仕方なく増税します。[もうやだ~(悲しい顔)]ごめんなさい」ぐらいまで言って全国民に謝罪するとかした方がまだ理解を得られるんじゃないだろうか。

 まあそんな正直さを政治家という生き物に求めるのは、酷な話なのかもしれないが。 

 Honesty is such a lonely word
Everyone is so untrue
Honesty is hardly ever heard
But mostly what I need from you…
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懲りない県知事… [日記・雑感]

 大河ドラマの件で、兵庫県知事がまた何か言ったようですね。
 まあ記者会見の席での発言ですから、マスコミに聞かれたから答えたのでしょうから、質問する方もするほうなんで、どういう経緯で発言されたのかまでわからないんですが。

 今度は「瀬戸内海の海が青くなかった」とかなんとか。
 まあ単なる個人の感想としてそのことを言ってるなら別にいいのですが、
「(ドラマの中に出てきた)瀬戸内海に船が浮かんでいる場面で、真っ青な海の色が出てこないようでは瀬戸内海と言えるのか、という話になりかねない。瀬戸内海の自然をきちっと映し出してほしい」
というように完全に制作者側への注文になってるんですよね。

 まず気になるのは前回の発言同様、映像の明るさとか色彩に関する言及であるということです。
 画面が綺麗でない、といってもそれはあくまでドラマの演出上の問題で、ほんとに画面が見にくいとか汚いとかいうわけではない。ましてや時代劇ですから、どことなくモノクロ的な古めかしい雰囲気を制作スタッフは出したいのでしょう。
 そして何よりドラマなわけですから、やっぱり注目されるのはストーリーの面白さと、出ている役者の演技ですからね。
 画面が薄汚れているから評判が悪く人気が出ない、というのなら、例えばかっての「必殺仕事人」シリーズなんて皆見なかったってことになりますね。(あれはいまだに再放送とかされてますが)
 それとも「内容なんてどうでもいいからとにかく見た目を良くして清盛のイメージをアップさせろ」ってことなのでしょうか。

 そして次に気になるのは、やはり単なる個人としての番組を見た感想の域を脱して、制作者側(NHK)への具体的な要求になってしまっていることです。
 もちろんドラマの内容が人道的に問題があるとか、そういうことであるなら知事として堂々と発言してもらいたいですが、画面が薄汚いとか海が青くないとかいう個人の感覚のレベルにすぎないようなことで、制作者の仕事に注文をつけるというのは、やはりどこか不自然なんですよね。
 まあドラマの人気による経済効果を期待してるから出てくる発言なんでしょうが、ドラマを作る側も当然プロなわけですから、制作に関する具体的な注文までされてしまうと向こうも「素人にそこまで言われる筋合いはないわ!」と、不愉快になってしまうんじゃないかな。ましてや知事の記者会見の場での発言ですからね。

 いい加減にしとかないと、また以前のように、東京都知事をやっている怖い人に「役人の浅知恵だよ」とか一喝されてしまうのではないでしょうかね。

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大河ドラマをあてにした景気対策・・・ [日記・雑感]

NHK大河ドラマ「平清盛」が1月8日からスタートした。初回は75分の拡大版であった。
 こういう各局の力を入れている番組が始まると必ず注目されるのが視聴率だが、去年の「江」の初回放送時よりも低かったそうで、17.7%だった。大河ドラマ視聴率の歴代ワースト3だったらしい。
 まあ歴史物ドラマに対する現代の世間の関心の有り様からすれば、大して驚く数字でもないように思う。
ただ初回というのは「一応見てみよう」的な気持ちで見る人も多いので、それでこの数字だとなると次回以降はさらに下がる可能性の方が高いので、NHKとしてはもう少し多くの人に見て欲しかったのではないか。

 さて初回放送の内容は、平清盛出生の秘密と、やがて幼少期の清盛が父忠盛からその秘密を知らされるまでの展開であった。それぞれの役者の演じ方や時代考証の表現の仕方など、まあいろいろ人それぞれに感想はあるであろう。私としては、まあそれなりに面白かったのではないかと思った。

 しかし視聴率が低かったのが気に障ったのか、兵庫県の井戸知事が定例会見でなにやらNHKにクレームをつけたらしい。
 何でも
 「薄汚れた画面を流さなくてもいい。もっと華やかで生き生きとした清盛らしさを強調してほしい」
とのこと。
 確かに初回は平家をはじめとする武士の集団の身なりや住んでいる環境も全体的に粗末なものとして描かれていた。源氏の武士たちに追われる清盛の母舞子が乞食同然の姿で平忠盛に助けられて、匿われた納屋の中で清盛を産むシーンが印象的である。
 だが、実際に清盛の生涯を長編ドラマで描くとしたら、出だしはどうしたってあんな感じになるだろう。
 清盛が生まれた頃の武士とは、あくまで天皇をはじめとする朝廷の華やかな生活を支えるために存在した集団である。天皇や貴族等の命令に従わなければそれこそ一族は路頭に迷うような状態である。白河天皇の権勢はとてつもないものであった。・・・そしてその権勢が徐々に薄れていくのが次回以降からだろう。

 平清盛は自分の代だけで瞬く間に平家の栄華を築いてしまった人物だ。だから清盛の生涯を描こうとすれば、まずは武士が権力を持つ前の時代をイントロダクション的に描くのは極めて自然であり、井戸知事のNHKへの要求はいささかナンセンスである。ドラマの後半になれば当然華やかな場面も出てくるからだ。

 そもそも井戸知事がなぜこんなことを言い出したのかと言えば、今年の大河ドラマに合わせて兵庫県や神戸市が大河ドラマの舞台として観光キャンペーンをやっているからだろう。清盛の栄華の象徴ともいえる福原京は、現在の神戸市兵庫区にあった。今回のドラマの人気が下がれば観光にも影響が出るというわけだ。

 しかし、要するに視聴率が上がるように番組を作り直せ、ということなのだろうか。別に現在の神戸市を薄汚れた画面に映したわけではない。900年も過去の話なのだ。この頃がどういう時代であったのか、現在の我々にわかりやすく知らせるという試みは、人気が出るかどうかはともかくとして、それなりの文化的価値はあると思うのだが。そもそも大河ドラマの経済効果を露骨に当てにしているような発言を県知事がしていること自体が、なんともバカバカしいお話で残念である。
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